イスタリア戦記 序章 過去より今へ
1 月 5th, 2009 by 鳴神
Last Update: 2009.01.05 version 0.10
「現在の宇宙統合連邦政府が成立したのは、今から二千年も前の話だ」
講義の
「星間航法の発達によって各惑星の相対的な距離が短くなったことで、かえって国家間の問題が増加し、やがては紛争が頻発するまでになった。そこで、統一国家の理念が再燃したというわけだ」
教師、リルク・アディルはいったん立ち止まり、小型ディスプレイの表示を片手で素早く切り替えた。
「最初に動いたのは、当時の大国――今の連邦政府の中心になったハドゥクという名の共和国だ。そこに友好関係にあったマルキトが加わり、最初の統一政府が生まれた」
リルクはさまざまな人種の入り交じった学生たちのほうに目をむけ、少し間を置いてからまとめの言葉を静かに放った。
「その後のことは、みんなも知ってのとおりだ。技術的・財政的に優れた統一政府は快進撃をつづけ、次々と周辺諸国を吸収していった。さらに大半の有力国がみずから望んで参加したことで、驚くほどの短期間のうちにこの宇宙は単一の政府の下に集うことになった。これが、今の連邦政府成立のおおまかな過程だ」
「でも、先生」
学生の側からさりげなく放たれた声は、意外なほど講堂内に広く響き渡った。
「それは連邦からすれば統一と成功の歴史かもしれないけど、他からしたら侵略と弾圧の歴史でしかないんじゃないですかー?」
「そう、そのとおりだ」
声はおそろしく気怠げで、そう言い放った男子学生の服装も姿勢も声以上にだらしなかったが、指摘は鋭く的確で、教員のリルクは大きく首肯していた。
「一般に語られる〝歴史〟とは、けっきょくのところ連邦政府の側から見たものでしかない。つまり、勝者の歴史でしかないんだ。みんなの周りも改めて見てほしい。映画でもなんでも、連邦側が主役でそれ以外は悪役だ。そして、敗者の非業が語られることはめったにない」
目つきを鋭くし、リルクはその刺すがごとき視線を聴講している学生ひとりひとりにしっかと向けた。
「歴史とは――いいか、歴史とは常に改竄されている可能性がある」
静まり返っていたはずの講堂内が、わずかにざわついた。
「正統な歴史が事実をそのまま示しているとは限らないんだ。もちろん、我々歴史学者は常に客観的に見ようとしている。だが、それでも誤謬が含まれていて当たり前だ。くだらない言い訳になってしまうが、学者も万能ではないからすべてを完璧にすることはできない。ちょっと思想的な話をしようか。過去を完全に確認することはできない。過去の事象は、断片的な証拠から
前のめりになっていた姿勢を正し、再び教壇をゆっくりと、一歩一歩踏みしめるように歩きはじめた。
「大事なのは過去でも未来でもなく、今なんだ。歴史という過去を学ぶのも、今をよりよく生きるためだ。だからこそ、自分で何が大切かを考えるんだ。学校で教える歴史が正しいとは限らないなら、自分で何が正しいかを判断するしかない。メディアや政府に惑わされるな。過去から何を学び取るかは自分しだい、今の自分を決めるのは自分自身だ」
ちょうど外の風がやみ、他の講義の声も聞こえなくなって、ただでさえ静かだった講堂が耳の痛くなるほど静まり返った。
「――じゃあ、今日はこれくらいにしておこうか。各自で今のことを自分なりに考えてみてくれ」
やや難解な話になってしまったことを反省しながら、リルクはさっと小型情報端末の電源を落とした。
荷物をまとめて自分も帰ろうと思ったとき、ふと先ほど発言した学生の大きな背中が目に入った。
「ジョシュ」
そう呼ばれた男子学生は、わずかに驚きの色を顔ににじませながらもすっと振り返った。
「なんです?」
「君は歴史に興味があるのか?」
「まあ、それなりには」
「いつも的確な意見を言ってくれるからな。ほとんど的を射ている。鋭く本質を掴んでいると思うよ」
褒められることに慣れていないらしく、ジョシュはかえって顔をしかめていた。
「……いろんなことの原因を知りたいんです」
「原因をか」
「今の世の中はいろんな矛盾があるから、その原因を」
「そうだな、問題の根因を知らなきゃけっして解決できない」
「それに俺はラルセン人だから、いろいろと納得いかないこともあるし」
「ジョシュ……」
彼の細い目は、どこか悲しげでどこかくすんでいた。
世界には、大きく分けて四種類の種族がいた。
ひとつは、最も数が多く最も社会的地位の高いレノキア人。政府の要職の大半を占め、産業面でも支配的な地位を数千年の前より維持しつづけている。
他に、レノキア人よりも小柄だが、それほど肉体的特徴や能力に変わりのないハルーク人もいる。基本的に無口で思慮深い人が多く、カネやモノには興味がなく、主に芸術や思想の分野で活躍しており、レノキア人からも一目置かれる存在だ。
そして、人口中の比率はそれなりに高く、身体的能力に優れたラルセン人。しかし、彼らの大半が環境の厳しい辺境の出身ということもあって生活水準は低く、困窮した彼らが犯罪行為に走ってさらに難しい立場に置かれてしまうという悪循環の中にあった。
それよりさらに弱い立場にメストーク人がいたりと、社会は人権の完全平等を謳った連邦憲章の名目上とは程遠く、大きな歪みを残したままであった。
「とにかく自分が頑張るしかないよ、何かを変えたいのなら。そのためにも、学生のうちはいろんなことを学んでおいたほうがいい」
「でも、学んでるだけじゃ何も変わらないですよ」
「それはそうだ」
リルクは見事な反論に笑ったものの、ふとジョシュの目に妙な光が宿ったのを認めて内心首を傾げていた。
何か声をかけようかと迷っているうちに、当のジョシュは背を向けて講堂の外へと出て行ってしまった。
――ジョシュ。
序章 了
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